top of page

2026年7月17日

楽しみながら、飲みたいビールを作る―南房総で醸造所を立ち上げたギュレ・フィリップ氏 インタビュー


千葉県南房総市。房総半島から太平洋をのぞむ場所に海岸醸造はあります。そこでは「飲みたいビールを作る」というこだわりを持って、ビールが作られています。麦の甘く、香ばしい香りが立ち込める醸造所にうかがい、社長のギュレ・フィリップ氏にお話を伺いました。



 

ビールとの出会い、こだわり、起業

―実は元々はワインの方が好きだったとか。ビールとの出会いを教えてください。


私はフランス人としてワインの文化で育てられてきて、お父さんもワインが大好きで色々教えてもらいました。地方や気候、年、ブドウの種類と組み合わせによって、まったく味が変わってくるんです。「ボルドーといえばだいたいこれくらいの味だろう」と思ってワインを開けるんですけれど、飲むまでは本当の味が分からない。そういうふうに幅広い味が出てくるというのは、すごく面白いなと思って。


ビールは1日頑張って仕事した後や、スポーツをした後の1杯はおいしいけれど、スタンダードで、あまり味にびっくりしなくて、以前は面白くないと思っていました。

でも東京にあるクラフトビール専門の店で、おすすめされたニューイングランドIPAを頼んだら、すごく濁ったオレンジジュースのようなビールが出てきました。飲んでみたら全然想定しているビールの味ではなかったので、そこから興味を持ち始めました。例えばクラフトビールのウィートビール(小麦を使ったビール)は、バナナの風味がするんですけれど、バナナは使っていない。スタウトはコーヒーの味がして、色も黒いですが、コーヒーは入っていない。その風味や色は麦芽(モルト)やホップから出ているんです。




―ビール好きな方は多いとは思いますが、起業までする方はなかなかいらっしゃらないと思います。


まず醸造の免許がないとお酒は作れないです。あとは良いビールを作るためには、良い設備を買わないといけないので、設備投資するのであれば、やっぱり法人にしないと難しいです。


実は今回の起業は2回目です。私は日本に来て23年間ほぼサラリーマンをやっていますが、15年前に法人を作ったことがあります。その時は初めて法人を作ったのでけっこう苦労しました。JETROの本で定款の書き方を調べて、当時は翻訳アプリもなかったので、1個1個漢字を調べて、定款を作って、法務局に提出しても指摘をいただいて。法人を作るのも大変だったんですけれど、作った後に管理することもまた大変でした。でもすごく良い勉強になりました。今回の醸造所は2回目の起業だったので、そんなに難しくはなかったです。どちらかというと、お酒の醸造の免許を取るのが大変で、1年間かかりました。でもあきらめるのは好きではないので、最後までやりきりました。



事業の立ち上げは、何もないところから作るというのが大変なんですけれど、プロセスができあがったら、あとはサポートしてくれるスタッフに任せられるので、それほど大変ではないです。本業と両立して醸造所を運営しているので、忙しいんですけれど、ビールづくりは気分転換になるのでいいバランスが取れています。おいしいビールを作るためにやっているので、利益が出たら良い設備を買ったり、もっと良いビールが作ったり、そういう投資の仕方をしています。


―ビールへのこだわりを教えてください。


定番のビールは、1回作って1年間売る方が効率的なんですけれど、ほぼ毎月同じビールを作っています。3か月経つとホップの香りが薄くなってしまうので、香りをキープするために1回あたり500リットルの小ロットで、同じビールを何回も作っています。保存料を使っていなくて、低温殺菌をしていないので要冷蔵ですが、その代わりフレッシュな味を守ることができます。


設備を選ぶ時は、仲良くしている醸造所に行って、私たちのビールスタイルに合う設備を色々試してから決めました。例えば、ろ過した麦汁を沸騰させるケトルという樽の形をした設備は、上の部分と下の部分で温度が微妙に違ってきます。そうすると、麦汁の化学的な変化がケトルの上下で異なってくるので、味が変わってきてしまいます。海岸醸造ではコンパクトな設備を選んだので、毎回同じ味が出せるようになっています。



―個性的なビールが多いですが、ビールを作るときはどこからインスピレーションを受けているのですか?


まず定番ビールは、メインのスタイルに、私たちが好きなビールの味を元に、レシピを作っています。

私はスタウトというスタイルが好きなので「おいしいスタウトがつくりたい」と、微調整を繰り返しました。ベルギーの定番ビールのウィートビール(小麦を使ったビール)は、ベルギーに行った時に飲んでおいしかったビールを思い出しながら、レシピを作りました。Hazy IPA(ヘイジーIPA)は人気があるスタイルですが、重くて、たくさん飲むとおなかがいっぱいになり、それ以上飲みたくないという気持ちになるので、飲みやすい、軽いIPAを作りました。



コラボビールも作っています。BOTANICAL POOL CLUBという千葉にある高級なホテルからは「アルコール度数が2.5~3%と低めの、プールサイドで午後ずっと飲み続けられて、のんびりできるビール」というリクエストをいただいて作りました。大阪の漫画家とのコラボでは、ニューイングランドIPAのスタイルが好きだと教えていただいて、一緒にホップを匂って、どのホップが好きなのかを選んで味をデザインしました。

東京にある、海岸醸造と同じ法人のバーCOASTERのシェフからは「桜の季節に合わせて飲みやすく、写真を撮りたくなるような美しい色のラガービール」というリクエストをもらったので、最後の味を想定して、どういうレシピを作ればいいかを考えました。



―東京にあるバーはモダンでおしゃれな雰囲気ですが、ビールには日本の妖怪の名前がついていて、おもしろいですよね。


京都に数年間住んでいた時、現代的な建物の隣にお寺があったり、電車の中で着物を着ている人がいたりしているのが、違和感なく成り立っていて魅力的に思えました。海岸醸造の伝統的な古民家の中には、現代的なビールの設備があって、モダンなビールを作っています。そういった伝統的なものとモダンなものが両立しているのが面白いなと。そういうような雰囲気も伝えることができるかなと思い、定番のビールには妖怪の名前で現代的なデザインをしました。



―醸造所より前に、バーを作ったとのことですが、その理由はなんですか?


醸造所を先に作ってしまうと、売り先がないのでリスクじゃないですか。でもバーがあれば、そこで必ず売れるので、バーを3つくらい作ってから醸造所を作ろうと考えました。ですが1つ目のバーを作ったとたん、コロナ禍が始まったので、その時に醸造所を作りました。

南房総の醸造所で作ったビールを東京に持って行くのは、運送面ではあまり良くないんですけれど、毎週末、私だけでなく、誰かしらが個人的に遊びで南房総に行くので、その時ビールを持って帰れます。遊びと仕事がマッチしているので、南房総で作っています。


南房総の魅力と醸造所のこれから

―南房総の魅力はなんですか?


サーフスポットがいっぱいあることです。今は忙しいですが、月に1回は海に入るようにしています。南房総は房総半島の先の方にあって、色々な方向から波が入るので、年間を通してサーフィンができる日が多いんです。醸造所から徒歩10分のところには、サーフスポットの千歳ポイントがあります。近くの一宮町では東京オリンピックのサーフィン競技が行われました。でも世界には千葉でサーフィンができることがまだ知られていないんです。

ここにはすごく魅力があるのに「フィリップはなんでここに来たんですか。もっと魅力がある場所があるじゃないですか」と千葉の方に言われ、ギャップを感じます。




南房総のまわりにはあまり大きな町がないので、夜中になったら星がよく見えるんです。ほぼ毎晩10分くらいベンチで寝っ転がっていると、必ず流れ星が見えます。

あとは古民家です。古民家に泊まると、日本を味わうような経験ができます。外国人は東京から名古屋、大阪、京都などに行くんですけれど、国際空港が2つもあるのに千葉に行かないのはもったいない。


農産物もたくさんあります。日本では完璧なフルーツや野菜でないと売れないので、ちょっとだけ割れたブルーベリーや、形のよくないしいたけをもらってビールを作っています。今まで捨てられていたものを活かせますし、私たちも安くて質の良い素材を手に入れられるので、そういう地域のコミュニティの協力がいいなと思っています。しいたけで黒ビールを作ったら、しいたけの味はしないけれど、うまみがたくさん出て、黒ビールが好きではない方にも飲みやすいビールが出来ました。


地域のコミュニティも魅力です。最初は私が外国人だからということで、地域の方々はアプローチしてもいいのかという悩みを持っていたそうです。日本語が通じるんですけれど町会の方で英語で準備してくれたり、地区のお祭りに誘っていただいたりしました。おみこしを担いだ後、飲みに行ったら、みなさんと普通に仲良くなりました。


―これから挑戦したいことは?


次のチャレンジは、樽熟のビールを考えています。酵母を入れるのではなく、樽の中にある酵母で発酵させるので、ちょっとだけ酸味があり、スパークリングワインのようなエレガンスがあるビールになります。フランスに学びに行った時、日本からわかめを持って行って、樽熟のコラボビールを作りました。わかめの味がまったくしなくて、うまみが出てくるので、味の複雑さが加わり、とても満足できるビールができました。将来的にはさとうきび、ブルーベリー、ビワの葉っぱなどを使って、ジン、ラム酒、ウォッカも作ってみたいと思います。


人生は一度しかないので、楽しむ方がいいです。45歳、人生の半分くらい過ごしてしまったけれど、まだやりたいことがたくさん残っています。




※本記事は、海岸醸造のものづくりや地域での取り組みをご紹介することを目的としており、飲酒を推奨するものではありません。飲酒は適量を守りましょう。飲酒運転および20歳未満の方の飲酒は法律で禁止されています。

bottom of page